\(a \lt b\)という不等式がある時、これは暗黙の了解として「\(a,b\)は複素数ではない」が前提にあります。
なぜなら、複素数には大小関係が定義されていないからです。
大小関係とは
複素数に大小関係がないというのは、正確には間違いです。
複素数にも大小関係を定義することはできます。
例えば、複素数を実数部分、虚数部分の二つの成分にわけて、
辞書式に順序を定義すれば、複素数に対しても順序は定義できます。
ですがなんの断りもなく、この(辞書式の)大小関係を不等式(不等号をつかった式)で表す事はしません。
なぜなら、不等式はいくつかの性質を満たしていることを前提に記述されることが一般的だからです。
複素数を辞書式に並べた大小関係の場合、
不等式が満たすべき性質を満たすことができないため、
不等号を使った式では記述しないのです。
※順序を不等号に似た記号で表すことはよくありますし、誤解がなければ順序も不等号(<、>、≦、≧等)で表すことはあります。
不等式は単に大小関係(順序)を表しているわけではない
\(x < y\)という不等式があります。
この式をみて、「\(x\)は\(y\)より小さい」、もしくは「\(y\)は\(x\)より大きい」という関係があることがわかります。
もちろん、これは正しい不等式の解釈です。
しかし、この解釈は不等式の一部の解釈にしか過ぎません。
もちろん、その一部の解釈は最も重要な部分であり、注目すべき部分ですから、通常はそれだけで用をたしています。
しかし、この解釈は、不等号の記号を順序記号としたときの意味解釈であって通常の不等式の意味としては物足りないのです。
不等式は、順序関係を表すだけの意味として使われることもありますが、普通はそれだけではありません。
なにが不足しているのかというと、不等式には例えば、\(x < y\)に対し、\(0<a\)のとき、\(ax < ay\)という関係を維持しているという性質があります。
つまり、正の数を不等式の両辺に掛けても不等式は維持される(不等号の向きは同じ)という性質を不等式は備えていてこそ不等式なのです。
辞書式で定義された大小関係は、両辺になにかを掛けると大小関係が壊れる場合があります。
たとえば、辞書式では、\(1-5i\)より\(3+2i\)の方が大きいとなりますが、これらに\(i\)を掛けると、\(5+i\)と\(-2+3i\)となって大小関係が逆転します。かといって、\(i\)を掛けるといつも大小関係が逆転するのかというとそうでないときもあります。
さらに言うと、不等式の両辺にある数は、加減乗除が定義されているという前提も暗に仮定されています。
ですから、通常、不等式\(x < y\)があったとき、(性質1)「\(x\)は\(y\)より小さい」という意味以外に、
\(x\)や\(y\)は、(性質2)「比較している数はそれぞれ加減乗除が定義されている」であって、
なおかつ、(性質3)\(a>0\)である任意の\(a\)に対して常に\(ax < ay\)という関係が維持されるという意味も含んでいます。
\(x < y\)の意味は、\(x\)と\(y\)が(性質1)を持つだけでなく他にも、(性質2)や(性質3)等の性質を持っているのです。
不等式に複素数が使われない理由
「複素数は大小関係が定義されない」と言われる理由は、実数で表した不等式の関係(法則)が複数にすると、維持されないところからきています。
実数で成立する不等式の性質が複素数では壊れてしまうのです。
そのため、複素数に対して、不等号の記号で大小関係を示すことしません。
通常の不等号の記号は、実数の範囲で使用されます。
複素数の不等式が使えない理由の略証
反例があることで示します。
(1)\(0<i\)とします。
(性質2)より\(0<i\)の両辺に\(i\)をかけることができて、(性質3)よりそれは\(0i<i^2\)でなければなりません。
ところが\(0i<i^2\)の両辺をそれぞれ計算すると\(0<-1\)という不等式が得られ、これは矛盾した不等式となっています。
ですから、\(0<i\)は間違いということになります。
(2)\(0>i\)とします。
\(i\)を移行すると\(-i>0\)です。(1)と同様に両辺に\(-i\)をかけると\(-1>0\)という矛盾した不等式が得られます。
(3)\(i=0\)とします。
これは、\(i\)が虚数単位(つまり2乗すると-1になる数)であることに反します。
(1)(2)(3)のいずれも矛盾を抱えてしまうので、\(0とi\)の比較はできないということがわかります。
複素数の一つの例\(i\)で不等式を作ってみたら、どれも矛盾のある不等式しかできなかったので、
複素数で不等式を書いたとしても、それは矛盾のある式でしかないことがわかります。
これが複素数で不等式を使わない理由の略証です。
※話が複雑になるのであえて示さなかったのですが、
不等式がもつ性質は、(性質1)、(性質2)、(性質3)だけではありません。
他にも多数の性質(例えば上の略証で使った変数の移行)を満たしている必要があります。
そもそも、任意の実数\(x\)に対して、\(0≦x^2\)が成立するという性質は、複素数には通用しません。
複素数同士を不等号で関係させることはいろいろと厄介なのです。
ただ、拡張不等式を使うとこれらの問題は解消されます。
詳しくは、複素数でも使える拡張不等式を参照してください。
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コメント
[…] 複素数は不等式には使いませんと書きましたが、複素数を含んだ不等式は普通にあります。 […]
[…] 複素数は不等式には使いませんと書きましたが、複素数を含んだ不等式は普通にあります。 […]
[…] もちろん、それはそれなりの理由があり、正解です。 […]